Junks and Toothpaste

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her/世界でひとつの彼女

her/世界でひとつの彼女』を観た。

 

ギャグ要素(下ネタ)も多くて面白かった。まさに笑いあり、涙ありって感じの映画だったと思う。

 

AIが「知能」であり、人間の脳の動きに近づいていくのだとすれば、技術が発展するにつれ、感情を持つというのも当然のことだろうと思う。

ここまで対話ができるようになったらそれはかなりヤバいけど。さすがにそうなったらもう「翻訳家はいらない」とか言われても納得するかもしれない。

 

でもやっぱり私達はまだ、機械というのは操ることのできるもの、私達の生活の利便性を上げてくれるもの、私達の望みを叶えてくれるものだと思っているところがあって。要求に応えてくれる、ポジティブな面しか持たない「モノ」だと思っている部分がある。

でも、感情を持ってしまうと、機械相手でもそうはうまくいかないんだなあと思った。

 

ただ、最後にサマンサが他の人とも関係を持っているという点については、あんまり納得できなかった。

例えばSiriなら、世界の人々が使っているものは共通で、ひとつしかないけど。OS1に関してはもっとパーソナライズドされたものなんじゃないの?っていう。

「サマンサ」というのはOS1から生まれたひとつの人格であって、他の人達が付き合ってるのは「サマンサ」じゃないんじゃないの、別の人格なんじゃないの、みたいな。名前も性別も違うかもしれんし。

 

まあそれでも、結局サマンサ=OS1というシステムであることには変わりなく。人間もそうかあ。人によって接し方を変えたりとか、いろんな人格があったりするもんなあ。だから、セオドアと付き合っていたサマンサは、要はシステムの一部、一機能に過ぎなかったってことなんですよね。

 

サマンサにとっては、「感情」というのも、「知識」あるいは「機能」として付与されたものに過ぎない。結局のところサマンサは機械でセオドアは人間なんだ、っていう。

でも、サマンサもそこでの葛藤はあったわけで。何をもってして機械と人間を分けるか、というのはとても難しい。自発性なのかなあ。

 

ブレードランナーのレイチェルをちょっと思い出すね。個としてのアイデンティティと感情を持った機械を、果たして本当に機械と呼べるだろうか。うーん、この映画も考えると難しいなあ。でも面白かった。(結局それ)